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患者中心の医療技法

「患者中心の医療Patient-centred Medicine」の「理論 theory」およびそれを「教育するための目標 educational objectives」を述べる。これらをよく吟味すると、「患者中心の医療」が理想的な家庭医の象徴であり、家庭医の技術をうまく言い表していることが理解できる。また、「患者中心の医療」は家庭医のトレーニングや再認定においても有用である。

図:患者中心の医療技法
(Stewart M, Brown JB, Weston WW, et al:Patient-Centered Medicine; Trans-forming the Clinical Method. 3 rd ed, Radcliffe Medical Press, Oxon 2014より翻訳)
注)訳例:Disease→疾患/Illness→病い/Health→健康観

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理論

1.疾患と病い両方の経験を探る

一方では、鑑別診断のために疾患の徴候や症状を探り、もう一方では患者自身の観点から病いを理解するために、患者の体験にみずからを「浸す」こと。

2.地域・家族を含め全人的に理解する

患者の疾患や病いの体験をコンテキストにおいて理解する。すなわち、患者を生活や労働の場で捉えたり、患者をライフサイクル上のステージで捉えたりなどである。

3.共通の理解基盤を見いだす

患者の問題そのものをどう解決するかの共通基盤を見出す。治療の目標や、医師と患者それぞれの役割など。

4.患者-医師関係を強化する

診察の際には、どの患者に対しても長期間に及ぶ有効な患者-医師関係を結ぶように努める。このことが、ともに仕事をしていくことの基礎になり、また癒す力としての関係にもなる。

※診療に予防・健康増進を取り入れる

定期的な診察時に、予防と健康増進を体系的に取り入れる。

※実際に実行可能であること

どの患者にも最適な医療を提供するために、資源の分配、とりわけ時間とエネルギーに関してはよく検討するべきである。家庭医の働く地域全体のコンテキストをよく考えて行う。

※第3版モデルではコンポーネントが削除されていますが、重要な項目です。

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教育目標

知識

・ありふれた病気(common disease)についての詳細な知識-とりわけその症状の現れ方と自然歴について
・命を救う一般的な知識-例え稀であっても危険な状態から救う知識-とりわけ初期兆候や症状について
・医師と患者が、病気の身体的な徴候にのみ興味を抱く理由についてと、その限界を理解する
・疾患と病いとの違いについて、およびこの概念が臨床的に重要であることを実践的に理解する
・病気になったときに、人がどのように反応するかの詳細な知識-例えば、考え、予想、感覚、機能への影響など
・病いの行動と、病気の役割についての知識:人が病気になったときに医者にかかろうと思う理由、それと病気になるということへの責任と利益とである。

技術

・開かれた質問(open-ended )と閉じられた質問(closed-ended )の技術をバランスよく用いてコミュニケーションを促進させる
・患者が自分自身の病い体験を話すことを「遮る(cuts off )」ことをしない-例えば、重要なきっかけを無視する、話の腰を折る、疾患に対して過剰に点をあてる、専門用語を使う、早すぎる「大丈夫ですよ」、ノートを読む、閉じた姿勢  などである
・患者の病いの体験を引き出す。それは、患者の考えや関心、予想、病いの日常生活への影響などを議論することによって促す。
・患者の感情に注意を払い、適切に反応する
・疾患の過程において、きっかけが何であるかに照準をあてて原因をさがす
・患者の機能的な能力-肉体的、感情的、社会的なものを、信頼できる方法で十分に評価する
・さしせまる重大事の兆候を早期に認識する
・ありふれた徴候や症状を評価するための効率的な方法を開発する
・全年齢の患者に対して、最低限の身体的、精神的負担のみで、信頼できかつ有効な全身の身体所見をとる
・病気に対して一面的な見方をすることを避ける:患者の病い体験と、医者が捉える病態生理学的な構造とを技術的に練り合わせること
・臨床的な評価や診察時の意見、医学的文献などのどのようなデータでも批判的に分析する
・正確でありたいという医者の欲望に焦点をあてずに、患者のニーズと福祉に焦点を当てることにより、不確かさやあいまいさを適切に扱うことができる。
また、不完全であったり矛盾するデータに対して、いつ決断するべきかを認識する

態度

・ただ単に病態生理学的な問題だけではない、患者自身が医者のところへ持ち込む問題のすべてに対して関わる意欲
・患者と過ごすことに対して、知的なエネルギーと感情的なエネルギーと、そして時間とを使うことへの意欲

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知識

・人間の状態に対しての深い知識。とりわけ病めることの意味と、病気にたいする人の反応は重要である。
・人が病気になることで受ける影響の一般的な理解-身体的、感的、社会的、精神的なものを含む。
・人間発達の各々のステージにおいて、共通の発達課題についての実践的な知識(ライフサイクル論)
・重大な病いにある患者において、家族へ与える影響についての深い知識。介護をする人の特徴および障壁を理解する。その病いが改善、悪化、あるいは家族の病いの原因になることが、家族へどのような影響を与えるかを認識する。
・介護に影響を与えるであろう、患者の文化的信念や態度についての知識。

技術

・生物心理社会モデル( biopsychosocial model )をあてはめ、コンテキストを適切に定義し、患者の問題を理解する。(例えば、分子、組織、臓器、人、家族、地域など)
・患者の強み( strength )を定義する。
・できるだけ多くの家族の話を聞いて、患者についての情報や、家族内での相互の影響、人間関係の情報などをあわせて考える。
・家族図を作成する。その際には情報を統合させること。
・家庭訪問を利用する。それは患者個人と家族との生活を関連づけるためである。
・効果的に職業歴を得る。それにより仕事が患者の問題を引き起こしたり悪化させたりしているかどうかが理解できる。
・患者の精神的価値観に取り組み、期を見て患者の病いがどのように巻き起こったかを探る。
・患者から文化的背景のコンテキストについて聞き出す。文化的背景をよく知っている人を通訳とすれば、効果的に患者と対話、相互理解することもできる。

態度

・ただ単に病態生理学的な問題だけではない、患者自身が医者のところへ持ち込む問題のすべてに対して関わる意欲
・患者と過ごすことに対して、知的なエネルギーと感情的なエネルギーと、そして時間とを使うことへの意欲

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知識

・診療現場でよくみられる一般的な疾患(common diseases)についての深い科学的知識
・日常よくみられる地域の民間療法についての理解
・患者自身が持つ自律性がいかに重要であるかの気付き
・医学的な意志決定は基本的に、道徳的な事業であることの理解
・臨床疫学、とりわけ臨床や基礎医学の情報で予測される価値や、根拠のある重大な評価とみなされるものについての実用的な知識

技術

・ありふれた問題( common problems )に対しての従来の治療法を老練に用いる(例えば「経過観察」、ライフスタイルの変更、投薬、マイナーな処置、入院治療、対診など)。また、例えまれなことであっても、緊急的な問題や重大な問題に対しては適切に対処する。それらは初期治療が異なり、非常に重要である。
・疾患、病いは患者自身およびその家族に多くの影響をあたえる。その影響すべてに対して効果的に対処するために、患者自身をも主体者として巻き込む
・患者が自分自身の治療に対して活動的に関わる必要がある。そのため、患者を勇気付け、患者と共同する。
問題に対しての患者の考えを決定させる。例えば、治療に対しての優先順位や、治療における医師と患者の責任についての考えなどである。
・患者に情報を明確に伝える。それは、問題を正確に理解し、何がなされるべきで、患者が何を期待しているかを認識することに繋がる。
・患者の現状で、どのくらいの量の情報を欲しているか、あるいは取り扱うことができるかを決定する。
・患者ごとの意見の違いにとりくむ。それはいずれにしても患者にとって受け入れられる、また安全なひとつの結論に到達するからである。
・いつであれば患者の重大な要求に対して真摯に対応できるか、また、いつであれば患者の最大の関心事に対応できるかを知るべきである。いかなる異なった意見にも向き合うことが必要不可欠である。

態度

・患者をいつも監督するよりも、患者と共に治療をすすめていく意欲
・個人の価値観や文化的な違いに気付くこと。また、異なった価値観やものの見方をする患者を公平に治療していく際に、それらがいかに悪影響をおこすかについても気付くべきである。

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知識

・患者と向き合う際の、自分の長所と短所を知ること
・患者に向ける感情的な反応に気付く
・効果的な患者-医師関係における基本的要素を理解する:例えば無条件の肯定的な関心、共感、そして誠実さである
・患者-医師関係における癒す力と精神的な側面について理解する
・プラセボ効果の実践的な知識
・転移と逆転移についての実践的な知識

技術

・有意義で役立つやり方で、言語的および非言語的に効果的に患者とコミュニケートする
・安全と快適の意識を生み出す。それは、患者との相互関係において、および、患者のまさにその存在においてである。
・個人の性質を効果的に用いる-共感、信頼と自信を起こす、支持と勇気付けを与える、モデルとなる、インスピレーションを与える
・恐れを減らすために患者と肉体的に接触する。それにより、治療的な絆を打ち立てたり、快適を与えたりすることになる。
・癒す人間関係において、患者の「そばにいる(be with)」ことができるか:解釈したり口を挟んだりせずに、患者と患者のニーズのそばにいること
・患者とその家族について、もっとよく知るために繰り返し接すること。患者自身が準備すること、また患者-医師関係について話す機会を持ったり、その喪失について話したりすることにより、患者-医師関係の終焉を患者自身が扱えるように援助すること。
・どの患者が特にインタビューや治療の必要があるかを認識する(例えば、抑えることができないほどの要求をする患者を認識すること。優しくしかし断固として取り組むこと。医者が費やすことができる時間とエネルギーの量は一定限られているからである。)

態度

・前もってどのような要求があるかわからない患者と、開かれた( open-ended )人間関係をつくる意欲
・不十分さや脆弱性にさらされている部分にあえて挑戦する
・あえて傷つく勇気をもつ
・健康な患者でも必要とするならば、献身的になる意欲をもつ
・健康な患者と長期間の関係を結ぶ。その関係はひとつの契約の形である:家庭医は、例え患者が治療に応じたり、やり遂げたりすることがなかったとしても、つねにその契約に誠実であると約束する。
・ヘルスケアシステムの障害から患者を守るためには、患者のために「罪に問われる」ことをいとわない意欲

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知識

・包括的ケアを継続することの重要性を理解すること、また、これが病気になったときだけ( episodic )のケアといかに違うかを理解する
・効果的なスクリーニング検査の特徴を理解する。
・一般に行われているスクリーニング検査の根拠あるいは批判の知識。また、様々な予防的方略の価値を知ること。(例えば、禁煙の相談)
・スクリーニングが有用である場合には、診療現場ですべての患者に対してのスクリーニング検査の計画を立てる能力
・健康増進のモデルとその有用性を理解する

技術

・健康増進と疾患の予防について、生涯における計画を立てていくことを患者とともに進めていく
・適切な間隔をあけて、まだ認識されていない問題を抱えている患者をモニターする。また、適当な間隔をあけて患者それぞれに対して個別のリスクを評価し、まだみつかっていない疾患を探す。
・医療記録制度を有効に用いる-思い出させるものとして、またスクリーニングや予防の記録として(例えば、問題点リス  ト、流れシート、備忘録、コンピューターなど)
・現場において、スクリーニングおよび予防のプログラムを実行するために、診療チームと共同する
・患者自身のセルフケアにおいて、患者の自己評価や自信を高める

態度

・予防の3段階において熱心な興味をもつ-一次、二次、三次予防
・スクリーニング、予防、健康増進を患者の日々のケアに組み入れることに時間とエネルギーを費やす
・健康増進活動の重要性を認める

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知識

・地域の資源を知る
・疾患の自然史には逆らえない医学、医療の厳粛な限界を理解する
・医学、医療の役割を理解する:「時に治し、しばしば和らげ、いつも慰めよ」

技術

・効果的で効率的に時間を組み立て、そして出来る限りたくさん時間を残すように。患者の状況によって、例えスケジュールを壊したとしても、このことが次の時間を保障する。
・問題の中心にねらいを定める:「木を見て森を見ず」は避けよ
・患者の最重要課題に焦点をあて、患者がとりとめなくなるままにはとめおかない。中心課題に患者自身が気付くように援助する
・経過観察を利用する;毎回の診察で、すべての患者にすべてのことをしようとはしない
・ヘルスケアのチームの一員として効率的に働く。このことにより、自分の専門性を生かしたり、人に任せたりすることが可能になる
・合理的な目標と優先順位を設定する
・限られた地域の資源において、懸命な世話係となる:個別の患者のニーズと、地域のニーズとのバランスを考える
・何が現実的には成し遂げられるのかを考えると、責任は一定限られているため、能力以上のことをするようなことは避ける

態度


・さまざまな限界とストレスへの個人の反応について自ら気付く
・家庭医がすべての人々に対して、何でもできるわけではないということを受け入れる。それが罪ではないと言えること。
・家庭医自身の家族における人間関係を保つために時間とエネルギーを費やす
・必要なときには助けを求める意欲

<< 文献 >>
Moira Stewart et al, Patient-centered medicine:
transforming the clinical method. Sage 1995.

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家庭医の9つの原則
患者中心の医療技法